カルチャーのある暮らし

普段の暮らしの中にある、本や音楽やアートそしてこだわりのインテリアなど、
カルチャーから広がるライフスタイルを紹介するこのコーナー。
今回のゲストは、奥沢に暮らす井上豪希さん、桃子さん夫妻。
食のクリエイティブディレクター/ライフスタイルデザイナーとして、
さまざまなプロジェクトを手がける会社「TETOTETO」を運営するおふたりに、
影響を受けたカルチャーや暮らしについて伺いました。

Person 4
井上豪希・ Cantacuzino
TETOTETO

─まず、「TETOTETO」の活動について聞かせてください。もともとは夫婦のユニットとして始まったんですよね。

豪希 そうですね。まだふたりとも会社員だった2015年くらいから、自宅でホームパーティーを開いたり、ブログを書いたりし始めました。僕がもともとプロデュースやコンサルタントの仕事をしていたので、うちの食卓に集まる色々な人の悩みを聞いたり、提案をしたりしているうちに、「一緒に仕事しようよ」ってなることが多かったんです。副業のような感じでそれを引き受けているうちに、桃ちゃんが「TETOTETOの仕事に注力したい」と会社を辞めちゃって。2017年にふたりの会社「TETOTETO」をつくって、食や暮らしに特化したブランディングやプロデュースをしています。

─ホームパーティーに興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか?

桃子 豪希さんはもともと料理が好きで、いつも美味しいご飯を作ってくれていたんです。転職がうまくいかずに悩んで、家でゲームばかりしている時期もありましたが、それでも1日3食は絶対に作ってくれた。それがすごく楽しそうだったので、豪希さんの料理を周りの人にも広めたくてホームパーティー「てとてと食堂」を始めたんですよ。

豪希 父親がシェフだったので、子供の頃から毎日のように包丁を握っていて、僕にとっては料理が日課だったんです。だからホームパーティーで自分の料理をふるまえることがすごく楽しかった。会社員をしながら年に100回開くくらい、夢中になっていました。

─ご自宅は、玄関を入ってすぐにダイニング、キッチン、リビングと縦に広がっていく間取りが特徴的ですね。

桃子 実はこの家、リノベーションで間取りを調整したんです。リノベーションに関しては、最初はふたりで理想的な部屋や好きなイメージ写真を出し合ってファイリングもしましたが、自分たちだけでは収拾がつかなくなってしまって。建築家さんを決めて、その方におまかせするような方針にしたことで、まとまっていきました。

豪希 その建築家が松島潤平さんという方です。彼のつくる建築物は、クライアントの意向とか要望をすべて織り込みながらも、作家然としているんですよね。僕らの考えの斜め上を行く提案をしてくれて、ある意味ひとつの“作品”になっているというか。

桃子 私たちからも理想の間取りを伝えていましたが、そういうものを全部いったん横に置いて新しいプランを提案してくれて、それがすごく良かったんです。

豪希 例えば、キッチンの木の棚板は全て厚さが9mmです。金属にしては厚いし、木にしては薄い。仕様としてスッキリさせつつ、支えられるギリギリのラインをせめているので、すごく中性的な佇まいになるんです。また、棚や壁などの縦ラインを揃えることで日本家屋っぽさも出る。「麻の葉文様」や「千本格子」といった伝統的な意匠も、同じ模様が連続して出てきたり、縦の線が入っていたりしますよね。そういう昔から日本人が大切にしてきた感覚が好きなんです。

─キッチンには、美しい包丁がたくさん揃っていますね。

豪希 ZWILLINGの「ボブ・クレーマー」のシリーズが4本、「MIYABI(雅)」が3本です。プロが使う包丁に比べれば安いですし、お手入れも楽で、切れ味も落ちない。ペティナイフは軽くて小回りもきくので、1本持っておくと何にでも使えます。ZWILLINGはドイツの包丁メーカーですが、生産しているのは岐阜県の関市なんですよ。世界中に流通する包丁を生産している、日本のものづくり技術の高さを感じます。職人さんに会いに行ったこともありますよ。

桃子 器もたくさんあって、コースやビュッフェで料理を出すときに使っています。

豪希 藤崎均さんのプレートは、こんな細い縁をどうやって残すんだっていうくらい精密で、見たことない形ですよね。木が大好きなので、木材違いで同じ形のものを揃えています。ケーキやアイスなどのデザートをのせたり、取り皿にしたり、用途も幅広い。そのほかに山田隆太郎さんの器も愛用しています。物を選ぶ上では値段やコスパも大切ですが、僕はやっぱり「本物かどうか」を大事にしています。ちゃんとこだわりをもって作られているものを使うと、自分の心も豊かになる。そこを見極めることには、すごく敏感だと思います。

─お気に入りのインテリアはありますか?

豪希 この丸いダイニングテーブルですね。イギリスのNathanというブランドのもので、50年以上前に作られたヴィンテージなんですよ。スタッキングできる木の椅子は、家具工房のSINRA FURNITUREと一緒にオーダーで作りました。ホームパーティーのときも使いやすいし、脚がS字のように曲線になっていて綺麗なんです。

─本棚にある書籍も気になります。影響を受けた本はありますか?

豪希 僕にとって大切な一冊に、『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』があります。谷崎潤一郎さんが日本の美しさはどこにあるのかを綴った本です。作者は、西洋の文化をそのまま取り入れてしまい、もともと日本の根底にあった「暗がり」や「翳り(かげり)」の文化が薄れてしまっているのが寂しい、と。最後は「もうとにかく電気を消しなさい、1回消してみたら見えてくるものがあるから」みたいに締めくくられますが、僕が大分県の田舎育ちだからか、こういう日本の美しさにはすごく影響を受けていますね。

─音楽や映画などはどうでしょう?

豪希 音楽は春夏秋冬の季節に合わせて4曲、長いBGMがあって、ゲストが来たときはそれを流しています。ホームパーティーで知り合ったVegetable Recordの三上僚太くんにコンセプトを伝えて、いちから作曲してもらったものなんですよ。個人的にはハンドパンという打楽器にはまっていて、桃ちゃんが田植えをしている横で弾くことも(笑)。映画やアニメも好きで、二子玉川の映画館によく足を運んでいます。映画の見方もふたりで全然違って、僕はストーリーの面白さや伏線がうまく回収される作品が好きですね。

桃子 私は雰囲気とか感覚的に素敵だなと思うかどうかですね。とくに見ていたのは、TV番組ですがベニシア・スタンリー・スミスさんが出演している『猫のしっぽ カエルの手』という作品。ベニシアさんはイギリスの貴族出身のおばあちゃんで、京都の古民家で暮らしているんです。お庭でハーブを育てたり、家具を手作りしたりしながら暮らしを楽しむ。そういうライフスタイルに憧れます。

─最後に、今後やってみたいことや、暮らしのイメージがあれば教えてください。

豪希 僕らは「都会の真ん中で丁寧な暮らし」をキーワードに活動を始めましたが、最近は桃ちゃんが田舎に憧れているんですよね。僕の実家がある田舎でばあちゃんに「畑で白菜とっておいで」って言われたとき、すごく目をキラキラさせて夢中になって白菜をとっていて(笑)。

桃子 都会育ちなので、畑で野菜を育てたり収穫した経験がなくて、そういう自然の中の暮らしに心惹かれますね。最近、山梨にある古民家と1600坪くらいの土地を買いました。そこをフルーツの加工場にして、山を眺めながら色々なものをつくりたいなって。

豪希 少し前に「nin」というブランドを立ち上げて、フルーツでつくったシロップなどを販売しているんです。農家で廃棄食材になってしまうりんごを無駄にしないために「りんごバター」をつくったことが立ち上げのきっかけだったんですが、これからは山梨に醸造所や蒸留所を設けて、フルーツワインづくりにも挑戦してみたい。南アルプスが一望できる場所で、「nin」を広げていけたらいいなと思っています。

井上豪希・井上桃子
Tadatomo Oshima
豪希さんが食のクリエイティブディレクター、桃子さんがライフスタイルデザイナーとして、「食」にまつわるブランディングや商品開発を手がける。自宅で料理をふるまうホームパーティー「てとてと食堂」も大人気。オリジナルの瓶詰めブランド「nin」はネットで購入できる。
http://tetoteto.co