カルチャーのある暮らし

普段の暮らしの中にある、本や音楽やアートそしてこだわりのインテリアなど、
カルチャーから広がるライフスタイルをご紹介するこのコーナー。
今回のゲストは、代田に暮らすナタリー・カンタクシーノさん。写真家、モデル、ライターと、
多方面に活躍するナタリーさんのルーツから、
これまで触れてきたカルチャー、現在の暮らしについてお話を伺いました。

Person 3
Natalie Cantacuzino
ナタリー・カンタクシーノ

─まずナタリーさんのルーツから聞かせてください。スウェーデンのストックホルムで育った子供の頃は、どのように過ごしていましたか?

ナタリー 小さい頃は今と真逆の性格で、けっこう気性の激しい子供でした。10代の頃は演技をやっていたんですが、役を演じることでエネルギーを発散していたのかも。思春期になると、「人生って何?」と悩んでしまったり、自分のクリエイティブな部分を表に出すのが恥ずかしいと感じることも多かった。多分、無意識に自分をどう表現すればいいのか探していたのかもしれないですね。なので、映画をたくさん見たり、絵を描いたり、陶芸をやったり、いろいろなことをしていました。一度、映画監督を目指そうとしたこともあったけど、学費の問題もあって映画学校には行かなかった。そんな時に、おじいちゃんから譲り受けた50年代のドイツ製フィルムカメラを使い始めて、それから写真が好きになっていったんです。

─おじいさまは写真が趣味だったんですか?

ナタリー 私は会ったことがないけど、多分そうだったんだと思います。彼はルーマニア出身で、おばあちゃんは京都生まれです。私の家族はみんな世界中のいろいろなところで暮らしていたから、多様なルーツが混ざりあっていました。

─今はフリーで写真や文章の仕事をされていますが、最近はどんな仕事が多いですか?

ナタリー 日本に来たばかりの頃はモデルの仕事もしていたけど、「やっぱり自分の手で何かを作りたい」と思うようになったことが今につながっていると思います。写真家のアシスタントとしてリサーチやコンセプト作りを手伝ったり、作品撮りをしているうちに、だんだん雑誌の仕事や取材が来るようになってきて。最近はフードとカルチャーのオンラインメディアでポートレートやレストラン、料理の写真を撮っています。雑誌やブランドのルックブックなど、ファッションも撮りますよ。

─ナタリーさんの写真はどこかロマンティックな懐かしさがあって、独特の色味も印象的です。これまでに影響を受けた写真家はいますか?

ナタリー 写真を好きになるきっかけはエドワード・ウェストンという写真家で、モノクロ写真を撮る人なんです。彼が撮る女性の写真がすごく好きで、ヌード写真なんだけど脚の毛が見えていたり、そういう自然で完璧じゃないところに惹かれる。15歳のときにストックホルムでナン・ゴールディンの展示を見た時も、すごく感動しました。

─自分自身で写真を撮るようになったことで、惹かれる作品も変わりましたか?

ナタリー 大きな自分のテイストみたいなものは変わってないと思います。もともとロマンチストというか、ちょっと昔のレトロな世界観が好きだから、それは無意識に作品のなかに入っているかな。私は子供の頃あまり友達がいなかったんですけど、その代わりに映画が友達だったんです。お母さんがおやすみって布団をかけてくれたあと、部屋のドアを閉めた瞬間にテレビをつけて、2時くらいまでずっと映画を見ていたから(笑)。

─ナタリーさんが撮る写真もシーンの切り取り方が映画的だと感じました。ちなみにどんな監督が好きですか?

ナタリー 好きな監督はたくさんいます。ビジュアル的にいちばん感動するのは、アンドレイ・タルコフスキー。ライティングや色味がどこか印象派のような世界で惹き込まれました。ウォン・カーウァイのフレーミングの仕方や撮り方も大好き。『In the Mood for Love(花様年華)』という作品はもう何回も見てます。

─本棚にはフードカルチャーに関する本がとても多いですね。

ナタリー 『THE GOURMAND』や『GATHER JOURNAL』のようなフードマガジンが好きで、何冊も持っています。料理の撮り方やライティングが勉強になるし、記事作りも面白い。とくに『GATHER JOURNAL』に載っていたフードと映画がテーマの特集がお気に入りなんです。ヒッチコックの『鳥』や『サイコ』、ウェス・アンダーソンの『ダージリン急行』や『ファンタスティック Mr.FOX』といった作品にインスパイアされたレシピが載っていてすごくユニークです。他にも、『YOU AND I EAT THE SAME(世界は食でつながっている)』という本は、ノンフィクションのフードエッセイ集。メキシコのメノナイト・チーズという宗教的なコミュニティの人たちが作っているチーズを紹介していたり、ヒューマンドキュメンタリー的な内容が面白いです。『FEAST FOR THE EYES』は、1800年代以降のさまざまなフードフォトが載っている写真集で、フードフォトの歴史がわかる一冊です。

─「食」からカルチャーが見えるのが面白いですね。

ナタリー そうですね。ほかにも科学的だったり、サスティナブルな側面を持っていたり……昔、オーガニック食品のバイヤーをしていたこともあって、もともと食には興味があったんです。

─サスティナブルや環境問題は、スウェーデンではとくに意識が高いですよね。ものを選ぶときは、そういうことも考えますか?

ナタリー そうですね。たとえば、インテリアも新しく作ったものではなく、ヴィンテージのものを買いたい。なので、オークションサイトで見つけたり、下北沢の『nonsense』や国立の『LET 'EM IN』などのヴィンテージショップで買ったものもあります。私はイエスかノーがはっきりしているタイプだから、100%欲しいと思うまでは買わないですね。スウェーデンでは明るい雰囲気の北欧家具が好きだったけど、日本に来てからは少し落ち着いてきて、ミッドセンチュリー的なものに惹かれるようになりました。

─ナタリーさんは今、どんな作品を制作されていますか?

ナタリー 最近はメンタルヘルスをテーマにしたポートレート作品を撮っているんです。私自身、日本の社会を経験して、抜けている部分だと感じたのがメンタルヘルスのケアでした。メンタルが崩れてしまったとき会社に頼れなかったり、「一人の人間」としてじゃなく「人材」としか見てもらえなかったりする。そこで周りにいる友達や、SNSで知り合った人、悩みを抱えている人と対話しながら、ありのままの姿を撮るという活動を始めたんです。実際にそういう人たちのポートレートを撮ってみると、みんなオープンに自分の経験を話してくれる。知らない人からもSNSを通して連絡が来たりするので、これからも続けていきたいですね。

─今はコロナ禍もあって、なかなか以前のようにアートやカルチャーに触れる機会が減ってしまっていると思います。ナタリーさんはどうしていますか?

ナタリー やっぱり映画かな。私はいつも一年の抱負が同じで、「映画を100本見ること」なんです。映画はパソコンがあれば家で一人でも見られるから。最近はポッドキャストも好きで、色々な人の考えを聞いていると、人生とか、愛とか、人によっていろいろな考え方があるんだなと思える。本を読んだり、映画やアートを見たり、仲のいい人と話をしたり、そういう何気ない生活がすべて刺激になるんです。

─ナタリーさんにとって、理想の暮らしとはどういうものですか?

ナタリー 私は仕事も好きだけど、プライベートもすごく大事にしています。だから、これからは部屋にソファーやプロジェクターを入れて、みんなでワインを飲んで美味しいものを食べたり映画を見たり、そういうことができる空間を作りたい。作品づくりに関しても、失敗をしながら、少しずつスキルアップしていいものを作っていきたいです。自分に厳しくなりすぎる時もあるけど、もっとポジティブに、私にしか撮れないものを撮っていけたらいいなと思っています。

ナタリー・カンタクシーノ
Tadatomo Oshima
スウェーデンはストックホルムに生まれ育ち、東京をベースに活動するフィルム写真家、ライター、モデル。ファッション、ドキュメンタリー、フードカルチャーなどのトピックスを中心に、さまざまなメディアで撮影・執筆を行う。
www.nathaliecantacuzino.com