カルチャーのある暮らし

普段の暮らしの中にある、本や音楽やアートそしてこだわりのインテリアなど、
カルチャーから広がるライフスタイルを紹介するこのコーナー。
今回のゲストは、世田谷の上町にある「工芸喜頓」の店主・石原文子さん。
「工芸喜頓」に並ぶのは、陶器や手吹きガラス、木工など、国内外の美しい民藝品たち。
日々の生活の中にある豊かさ、美しさを大切にされてきた石原さんに、
これまで触れてきたカルチャーや、今の暮らしについて語っていただきました。

Person 5
石原文子
工芸喜頓

─石原さんは、2013年から器の専門店「工芸喜頓」のオーナーとしてお店に立たれていますが、それまではファッション業界で働いていたんですよね。

石原 そうですね。18歳のときに2年間、フランスに留学していたこともあって、卒業後はヨーロッパのデザイナーと日本のマーケットをつなぐ会社で、通訳や営業の仕事を10年以上していました。フランスのメゾンの中に入って、デザイナーや専門職の方々と直接やりとりができたことは、全国各地の器を扱う今の仕事にもつながっていると思います。自分の好きなもの、興味のあるものをどんどん膨らませていく経験ができたというか。

─当時から、作り手と買い手の間に入る、ということをされていたんですね。

石原 ずっとそれを続けていますね。ただ、歳を重ねるにつれて、シーズンや時代によって変化していくファッションより、普遍的な美しさがある工芸品や民藝に強く惹かれていきました。子どもができたことで、東京とパリを行き来する生活を続けていくよりも「自分で何かしよう」という気持ちが出てきたのも大きかったです。

─なかでも「器」を扱おうと決めた理由はなんだったのでしょうか。

石原 パリの美術館で日本の民藝展を見かけたときに、私がもともと好きだったアフリカやメキシコの工芸品にも通ずる魅力を感じて、「日本にもこんなに面白いものがあるんだ」と思ったことがきっかけです。夫が岡山の倉敷市出身なんですが、倉敷市は民藝の聖地のような場所。そこで出会ったものと、パリの民藝展で見た作品たちが自分の中で重なったんですよね。そこから、どんどん全国の焼きものを集めるようになって、2011年にまずはオンラインでお店を始めることにしたんです。

─石原さんが選ぶ器は、なんとも言えない可愛らしさや個性があって、どれも本当に素敵です。お店に並ぶ器はどのように選んでいますか?

石原 質感、色、組み合わせなど、セレクトにはさまざまな基準がありますが、なかでも重視しているのが空間とのコーディネート。作り手からは、「選び方が面白い」とよく言われるんです。実用性だけじゃなく、その器があることで空間がちょっと柔らかくなったり、ピリッと引き締まったりする……そういう感覚を大切にしています。一点ものだと、パッと目が合うような「出会い」を感じるものに惹かれますね。

─器は季節によって使いたいものが変化していくのも楽しいですよね。寒い季節だと、家ではどういったものを使っていますか?

石原 冬の朝によく使うのは、湯町窯のエッグベーカーとミルクパンです。エッグベーカーは、卵にちょっとした野菜や残りものを入れて、ガスストーブの上にのせておくだけ。あとは子どもたちが食べ頃になると「できたよー!」と教えてくれます。ミルクパンも直火にかけられるので、スープやチャイを温めるのにぴったりです。

私にとっての民藝って、そんな風に季節や暮らしの中で、わくわくしたり楽しい気持ちにさせてくれるものなんです。「今日はこういう風に使ってみよう」とか「この器はこぼれやすいから布巾を一緒に持っていこう」とか。子どもたちもそれぞれの器の個性を理解して、ありのままに楽しんでくれています。

─石原さんのご自宅のインテリアも、器選びに共通するムードを感じます。やはり、手仕事のものが多いですか?

石原 そうですね。私はどうしてもクラフトに惹かれるので、綺麗で無機質なものより、自然な歪みがある素朴なものを選んでいます。椰子の木をそのままくりぬいた椅子や、台湾の古い民族のスツール、アメリカのフォークアートなど。海外から取り寄せたり、古道具店や骨董市に探しに行ったりするのも好きですね。

─石原さんにはお子さんが2人いますが、家族が楽しく快適に暮らせる空間と、好きなものを楽しむための空間はどう両立されていますか?

石原 リビングにあるものは、私だけでなく家族みんなの趣味が混在していて。ローテーブルは、ミッドセンチュリーが好きな夫が選んだ天童木工のものなんですよ。角が丸くて子どもたちにとっても安全ですし、私もとても気に入っています。

ただ、リビングは「誰がいてもくつろげる空間」にしたいので、自分のものをリビングに置きっぱなしにしないというルールがあるんです。その代わり、子どもたちの部屋は自由にやってもらうようにしています。勉強机は子どもたちが自分で選んでいますし、下の子はブルース・リーのポスターを壁に貼り、『ロッキー』のテーマ曲を聞きながら勉強したり(笑)。ルールを守りつつ、家族それぞれが好きなカルチャーを楽しんでいます。

─石原さんは、これまでにさまざまな国を訪れていますが、特に影響を受けたカルチャーはありますか?

石原 やっぱりファッションも映画も、まずはフランスのものに触れてきました。フランスには北アフリカ出身の人も多く、なかでもトニー・ガトリフの映画と音楽にはすごく影響を受けています。『僕のスウィング』や『ベンゴ』など、移民やジプシーをテーマとした作品が多いのですが、彼は悲しみだったり怒りだったりを音で表現していると思うんです。同じように、沖縄やアフリカのマリの音楽も好きで、感情がそのまま音になったような“節”がどれも似ているんですよね。国を問わず、人々の喜怒哀楽がこめられたものに惹かれる気持ちは、昔からずっと共通していると思います。これが手仕事で作られた「民藝」に惹かれる原点なのかもしれません。

─石原さんが選ぶ器がどうして魅力的なのか、その背景が見えたような気がします。「工芸喜頓」は世田谷・上町にありますが、この街を選んだ理由は?

石原 流行に左右されない場所でお店をやりたいという気持ちがあって、それなら住宅街がいいなと思ったんです。上町は個人商店が多く、休むときはしっかり休むなど自分たちの暮らしを大切にする人が集まっているのも魅力的でした。叔父が瀬田に住んでいたので、二子玉川にも子どもの頃からよく来ていたんですよ。昔から、世田谷は落ち着いた空気感のある気持ちのいいエリアという印象ですね。

─今後、どんな暮らし方をしてみたいですか?

石原 「二拠点で生活ができたらいいね」とは、夫とよく話しています。子どもがいるのでどうバランスを取っていくべきかはまだ考え中ですが、田舎に行きたいですね。沖縄をはじめ、南の地方は工芸文化はもちろんですが、トロピカルな植物も好きなんです。自営業だからこそ、そういう暮らし方もできると思うので、これから考えていきたいですね。

石原文子
工芸喜頓
陶器や手吹きガラス、漆器、木工、ノッティングなど、国内外の民藝品を扱う「工芸喜頓(世田谷・上町)」の店主。フランスと日本を行き来するファッション業界での仕事を経て、2011年にオンラインショップ「日々の暮らし」、2013年に実店舗「工芸喜頓」をオープン。素朴で美しい器を各地から集めている。
https://www.kogei-keaton.com