大人の読書感想文 BOOK REPORT for adult

「あの人に読んでもらいたい1冊」としてブックディレクター幅允考さんが
『美しい歳の重ね方』の選書から1冊をセレクト。
ご指名を受けたお相手が綴った感想文をお届けします。
1冊の読書の感想をきっかけに広がる新しいライフスタイルや考え方をお楽しみください。
今回は、世代や性別、人種の違う人々が「歌っている」姿を捉えた兼子裕代さんによる写真集
『APPEARANCE』を通して、ミュージシャン坂本美雨さんが感じたことを綴っていただきました。

読んでいただいた本

『APPEARANCE』

兼子裕代

青幻舎/2020年

Musician
坂本美雨
Miu Sakamoto

誰もが呼吸をしている。
ほんのわずかに声帯を震わすだけで呼吸は声となり、さらに負荷をかけて息の量を操り、顎や舌を動かしメロディーや言葉などのニュアンスを加えることで、声は、歌となる。

息に意志をのせ羽ばたかせたものが歌だ。
その意志の大部分が感情というものだ。

呼吸をしている人は誰でも、歌うことができる。
たとえその間の“声”がないとしても、感情によって息を歌にすることはできる。
ため息さえも、歌になる。

歌を産むのは、なにもいらない。
道具も、お金も、時間も、知識も。
なにものでなくてもいい。
学歴も、経験も、人種も、性別も関係ない。

そのことにどれだけ救われてきたことだろう。
自分にはなにもない、なにも価値がない、と感じてしまう時だって、息を吸って、吐いて、でたらめに声を発せば歌というなにかを産むことができた。こんな自分でも。やっかいな心を、こうしていつも身体が助けてくれた。

この写真集はそんな歌う人たちのポートレート。
国や年齢を超えて皆、歌う人は無防備だ。
感情にまかせたままの、虚ろな瞳、閉じられた薄い瞼、眉間の皺はとても美しく、尊い。
彼らの歌は、音のかわりに光という波になってわたしたちのもとへ届く。

憂いや、喜びや、願いをまとって羽ばたいたいろとりどりの息の記録。
今も、この地球上で数えきれない歌が産まれている。
それは人を動かす力であり、希望だ。

坂本美雨

Musician
坂本美雨Maaya Sakamoto

音楽に囲まれNYで育つ。97年「Ryuichi Sakamoto featuring Sister M」名義でデビュー。音楽活動に加え、執筆活動、ナレーション、演劇など表現の幅を広げ続けている。おおはた雄一さんとのユニット「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」のファーストアルバム「よろこびあうことは」が昨年リリース。