ブックディレクター幅 允孝さんによるGRAND PATIOのライブラリーは、ご自身のお薦めに加え、
インタビューワークを通じた多面的な選書が魅力です。新しい本や言葉との出会いをお楽しみいただく前に、
今回のテーマ「居心地のよい場所」についてのエピソードも交えたインタビューをお届けします。
幅さんの選んだ書籍は
2020年10月7日〜12月25日の期間、
本館1F GRAND PATIOでご覧いただけます。
−コロナ禍になり、GRAND PATIOの当初予定していたコンセプトが実現できなくなったところもありますが、お客さんが現場で本を手にとって見るのが難しくなった時はどのように感じましたか?
幅 完全に予想外でした。開かれた空間でいろいろな人が本を手にするということは感染リスクがあるので「困ったな」の一言でした。とはいえ、5、6月は本自体はオンラインで売れていたのです。不安定で不確かな時期に、オンラインで流れてくる情報を受動的に見るだけではなく、責任の所在がはっきりしている「本」というメディアを手に取って自発的に読んでみたいという気持ちになる人が多かったのだと思います。
本の面白いところは、コンテンツに接している時間を自分でコントロールすることができるところだと思います。少し読み戻ったり、止まって深く考えたりすることができるという意味で、他のエンターテインメントとの時間の流れの違いが多少ありますよね。そういう意味で、流れてくるままの情報で脳内を満たすというよりは、自発的に動いたり考えるという行為が重要に感じられたのが、コロナ禍で多くの人の心のなかに起きたことではないかと思います。
−今回の選書の3つのテーマについておしえていただけますか?
幅 初回の「未知はまだ存在する」は、旅や外に向かうことがテーマでしたので、今回はインテリアや自宅を楽しむようなテーマを考えていました。ただこういう状況になってインテリアとか家の中というものの意味合いが、ガラッと変わってしまったと思います。家に居ざるを得ない状況で、自分と対峙して自分にとって何が大事かということを考えるための選書にしました。
−今回はインテリアや家の中を楽しむという大きなテーマから、柱ごとに3つの小テーマを設定されましたね。そちらについてお聞かせください。
幅 インテリアというと、デザイン、色、形、マテリアルなどの話になる場合が多いのですが、今回は我々が提案したい本質的な部分は何かと考えた時に、居心地が良い場所としての家を捉え直すのはどうか?ということになりました。より具体化するために3本の柱ごとに、居心地のよい場所の中で「わたしだけの小宇宙」「新しい自分を見つける」「暮らしの道具」の3つの小テーマを作りました。
−「わたしだけの小宇宙」というのは、自分が本当に大事にしている世界観を改めて考える、みたいなことでしょうか?
幅 その通りです。普段多くの人は社会の一員として働いていて、自分の好きとかわがままを出す瞬間は少ないと思いますが、家はそういったものを好きに解放できる場所ですよね。何か好きなものだけを集めるとか、それらに囲まれた箱庭を作るとか、そういうニーズに対して、その分野には「世界にはいろいろな変人さんがいらっしゃいますよ(笑)」ということが分かる本を集めて紹介しています。例えば、ビンテージポスターをひたすら集めている人とか、古い本をひたすら集めている人とか、アート作品でもいいですし、本でもいいですし、人によってその偏愛の方向というのはさまざまなのですが、そういったある意味奇妙な熱といえるようなものを含めて集めています。
2つめの「新しい自分を見つける」は、コロナ禍になって、自分とどのように対峙していくのかを考えるためのテーマで選書しています。家におけるウェルビーイングや、心と体をどう整えるのか、また新しく料理などもする人も増えたと思うのですが、今までやらなかったことを本格的にやりはじめた人も多いと思います。そういう人に向けて料理の本とか、自分の体について考えたり、家族ってそもそも何なのかということを考えたりするような本を選んでいます。
3つめの「暮らしの道具」というテーマは、コロナ以前から予定していたものです。家具、植物などのインテリア的な側面、Finn Juhl(フィンユール)の家具についてとか、犬にまつわる家のデザインなど、そういった本が集まっています。家具や自宅をがらっと取り替えることはなかなか難しいと思いますが、家の香りを変えてみるだけで、その部屋の雰囲気が変わるみたいな事も含めて、調香師についての本などを選んでいます。
−調香師についての本とはどんな本ですか?
幅 『調香師の手帖』という本の、西洋と東洋の香りの違いの話が面白いです。西洋ではまず香りありきで、それをどうやって人に乗せていくかという発想です。しかし、日本ではお香などもそうですが、まず空間や環境があって、そこに漂うものとしての香りが存在しているんですよね。そのようなことを香水をつくる人を通して語られています。
−「新しい自分を見つける」や「わたしだけの小宇宙」のテーマの中でも、幅さんのオススメの本はありますか?
幅 個人的には、三木成夫さんの『内臓とこころ』はすごく好きですね。解剖学者の三木さんが保育園の保護者の方々に語ったものをまとめた本です。内臓って肉々しい身体の極みみたいなものだと思われているのですが、実はこころと密接につながっています。心と体って別のものに考えがちなのですが、実は完全に一体化していて、それを乳幼児の行為から分析して、わかりやすく示してくれる本です。僕はこの本を読んで内臓が自分のものになったような感覚がありました。「わたしだけの小宇宙」で選んだ本はどれもすごく好きですよ。それぞれの偏った世界が詰まっているので、ぜひ手にとって自由気ままにのめり込んでください、という感じです(笑)。
−幅さんの事務所は、幅さんの小宇宙みたいに見えますね。配置の意味とかあるんですか?
幅 好きなものを並べているだけですよ。統一感とかはそこまでなくて、整合性というよりは、自分の好きなものが近くにあると嬉しくて落ち着くんです。
もちろんKindleなんかで読む本もあります。漫画はそうですね。でも電子書籍で読んだものでも、もう一回読むかもしれない本は、紙で買い直しています。基本はデジタルよりは、紙の方がかさばりますし、居住空間も小さくなるのですが、紙というものは、家の中のその辺に置いておくと安心して忘れられるのでいいですよね。とはいえ毎日手に取るわけではないのですが、視界に入っているということが重要だと思います。読むわけではないけれど、目の前に置いてあって本の存在感を浴びているっていう状態ですね。いくらネットの世界で様々な情報が得られるとはいえ、結局リアルに体を動かして、食べて寝たりしないと死んでしまいますからね。デジタルに主体を奪われてしまったら映画「マトリックス」の世界になってしまいますが、コロナになっても、実際の空間や物質、そして自分の身体の重要性は変わらないと思いますよ。多分、その折衷に人の未来があるはずです。