The theme of "BOOK SELECTION"
音と芸術

本館1F GRAND PATIO ブックディレクター 幅 允孝さんへのインタビュー

ブックディレクター幅 允孝さんによる本館1F GRAND PATIOのライブラリーは、ご自身のお薦めに加え、
インタビューワークを通じた多面的な選書が魅力です。新しい本や言葉との出会いをお楽しみいただく前に、
今回のテーマ「音と芸術」についてのエピソードも交えたインタビューをお届けします。

幅さんの選んだ書籍は
2021年9月1日〜12月14日の期間、
本館1F GRAND PATIOでご覧いただけます。

※新型コロナウイルス感染防止のため、
GRAND PATIOのご利用を中止させていただく場合がございます。
詳しくは玉川高島屋S・Cホームページにてご確認ください。

−今回の大テーマは「音と芸術」でした。

 玉川高島屋S・Cのお客さまのお話を聞くと、特に音楽やアート、映画が好きな方が多いようでした。私自身も、GRAND PATIOで芸術分野の選書をしたいとずっと思っていたんです。そこで小テーマは「音楽と表現者たち」「重なりあうアートと音楽」「芸術としての映画」としています。あえてシンプルにはせず、ジャンルとジャンルを掛け合わせたテーマにしているので、「何なんだろう?」と立ち止まってもらえたらと思います。

−音楽やアート、映画といったジャンルの横断がキーワードになっているように感じました。

 今、人々の趣味・趣向がたこつぼ化していますよね。ソーシャルメディアでは自分の好きなものの情報しか入ってこない。興味を持って伸ばした両手の“内側のもの”と“外側のもの”が関係を結ぶ機会は、減っていると思うんです。だからこそ、「越境すること」をすごく意識して選びましたね。

−越境をテーマにした本には、たとえばどんなものがありますか?

 全体の方向性を考える時にキーとなったのが、大友良英さんの『音楽と美術のあいだ』でした。大友さんは実験音楽やジャズからポップスまで、幅広く活動するミュージシャンです。NHKの朝ドラ『あまちゃん』テーマ曲の作曲でもよく知られていますよね。
この本は、美術のフィールドで音楽を試み続けてきた大友さんの、演奏と展示のドキュメント、思索や対談を収録しています。大友さんは当初、二つのジャンルのあいだに「不自由さ」や「溝」を感じてしまいますが、活動を続けるうち、そこにあるのはただの「関係性」なんじゃないかと気づくんです。その関係を“遊ぶ”ような方向を見つけた時の、抜けのよさ。読んでいて清々しく、本当に素晴らしい本でした。

−他にも、越境を感じられる本はありますか?

 アレックス・ロスの音楽批評集『これを聴け』は素晴らしい本でした。彼はThe New Yorkerなどの雑誌で執筆する音楽批評家です。小さい頃からクラシックの英才教育を受けて育ち、ハーバード大学で作曲を専攻した人なので、周りが親しんでいたロックやR&B、ヒップホップといった音楽は聴いたことがなかった。しかし、ある時に学内のラジオ局のパンク番組を聴いて衝撃を受けて、他の音楽への興味を広げていきます。
そうした経歴の持ち主なので、クラシック音楽をポピュラー音楽のように語り、ポピュラー音楽をクラシック音楽のように語ることができる。この本でもモーツァルトからレディオヘッドやビョークまで、縦横無尽に音を言葉で紡いでいます。まさに音楽ジャンルを越境している本ですね。

−選書にあたって、他に意識したことはありますか?

 今回は写真集を多めに選んでいます。音楽は視認できないものですが、その中でどう目で見て面白がっていただけるかはすごく考えて選びました。
たとえば、ドイツのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の写真集『Moving Music:Die Berliner Philharmoniker & Sir Simon Rattle』。サイモン・ラトルという指揮者とともに、世界中で公演旅行をした様子のドキュメントです。指揮者や団員の演奏や舞台裏を定点観測的に映し出し、楽団の長い時間の経過とその中で色あせないものを記録しています。
現地に聴きにいった経験がありますが、本当に素晴らしいんですよ。地元ベルリンのコンサートホールでは「我が街の楽団!」という感じなんです。開演前、観客も演者も和気あいあいと日常の話をしているんです。客席と舞台のあいだに境界がないことに衝撃を受けました。でも指揮者が一振りして音を出すと、急に空気が変わる。あの変貌は凄いなと思いました。

−目で楽しむということでは『Record Covers in Wadaland 和田誠レコードジャケット集』もありました。

 イラストレーターの大家・和田誠さんが描いたレコードジャケットが収録されています。当時、レコードのジャケットデザインはメディアとして圧倒的な存在感を持っていました。「ジャケ買い」という言葉もありますが、再生するまで中身のわからない音楽をビジュアルで表現するという意味では、ジャケットはすごく重要だったんです。
和田さんは、高橋悠治、淡谷のり子、岸洋子、加賀まりこなど、本当にいろんな方の作品を手掛けられている。作品に添えられたキャプションも面白いですね。たとえば平野レミさんの紹介では「ラジオタレント兼シャンソン歌手だったが、結婚してからは『料理愛好家』として料理の仕事をしている。ごく稀にレコードを出す」と、本当に絶妙なんですよね。

−映画関連ではどんな本がおすすめでしょう?

 まずは『淀川長治映画ベスト1000〈決定版 新装版〉』。一家に一冊欲しい本ですね。淀川さんの批評は辛辣なところもありますが、基本的にやさしいんです。どんな映画も「俳優の後ろ姿が素晴らしい」など、どこか美点を見つけて的確に褒める。アートフィルムも大衆映画もフェアに接しているところもいい。
すべての作品紹介がお馴染みの「ハイ淀川です」で始まります。たとえば『ランボー3 怒りのアフガン』だったら「この映画、お話よりもシルベスター・スタローンの魅力ですね。映画が始まって以来、これだけ肉体で勝負して、これだけ画面からエネルギーをぶちまいたスターはいませんでした」。まるで声が聞こえてくるかのような語り口調ですよね。この淀川節のテンポのよさは素晴らしいと思います。

−映画関連の本もビジュアルが素敵な本が多かったです。

 『みんなの映画100選』とその続編の『みんなの恋愛映画100選』もいいですよ。映画のワンシーンを描いた、イラストレーターの長場雄さんの絵が素晴らしい。シンプルな線でフラットに描いているのですが、『ブエノスアイレス』でも『ユー・ガット・メール』でも『メリーに首ったけ』でも、だんだんと俳優たちが演じているワンシーンに見えてくるんですよ。気軽にパラパラとめくって、気になる映画を探してもらえたらと思います。

−ライゾマティクスやナム・ジュン・パイクといった展覧会の図録も多く入っていました。

 展覧会はアーティストの色々な仕事がある中で、ワンテーマのコンセプトに沿ってキュレーションしています。作家性のある一面を際立たせ、研ぎ澄ませ、純粋さを増す。そうしてできあがった展覧会が、ギュッと凝縮されているのが図録です。
オリジナルの作品を見るのが一番いいのかもしれませんが、今の時代はなかなか美術館に足を運ぶのもままならない。展覧会に行った時の経験や記憶を憑依させるツールとしても、図録は魅力的ですよね。

−最後に、芸術が生活にもたらしてくれるものとは何でしょう?

 やっぱり、周りにきれいなものが多いと、気持ちがいいと思うんです。芸術は淀んだ気持ちではなく、澄んだ気持ちをもたらしてくれますから。今は色々なものに“ばつ”をつけやすい世の中なので、できるだけ“まる”をつけていきたいと思います。
あと、芸術は「割り切れない」ところがいいですよね。哲学などと同じように数値化することができません。これからの時代は、そういったものの価値がより高くなると思っています。

Book Selection
幅 允孝
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。人と本の距離を縮めるため、図書館や病院など様々な場所でライブラリーの制作を手がける。近年の仕事として札幌市図書・情報館の立ち上げや海外のJAPAN HOUSEなど。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティヴ・ディレクションを担当。
Instagram: @yoshitaka_haba
幅さんの選んだ書籍は本館GRAND PATIOでご覧いただけます。
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  • Theme.1 音楽と表現者たち
  • Theme.2 重なり合うアートと音楽
  • Theme.3 芸術としての映画