The theme of "BOOK SELECTION"
美しい歳の重ね方

本館1F GRAND PATIO ブックディレクター 幅 允孝さんへのインタビュー

ブックディレクター幅 允孝さんによる本館1F GRAND PATIOのライブラリーは、ご自身のお薦めに加え、インタビューワークを通じた多面的な選書が魅力です。新しい本や言葉との出会いをお楽しみいただく前に、今回のテーマ「美しい歳の重ね方」についてのエピソードも交えたインタビューをお届けします。

幅さんの選んだ書籍は
2020年12月26日〜2021年4月6日の期間、
本館1F GRAND PATIOでご覧いただけます。

−幅さんは、インタビューワークを通して選書をされるそうですね。今回も玉川高島屋S・Cによく通われている方などにお話をうかがったそうですが。

幅 本を薦めるということは、意外と正解がない仕事なんです。全ての人にとっての「いい本」ってないんですよ。逆に、100人中100人が「いい」と言う本は危険なんです。だから、まずは何冊か本を見せながらお話を聞くことで、ひとりのお客さまがこういう感触を抱くんだ、ということを知る。それが多くの方に響く選書へと広がっていけばと思っています。
玉川高島屋S・Cには、カルチャーの教養のある方が多くいらっしゃいますよね。たとえば現代アートに通じている方なら、あるアート系の本を選んだ文脈を説明せずとも理解してくださるので、選書がしやすいです。本館1F GRAND PATIOのような場所には、集まる人から醸成される色味やアトモスフィアがあるので、そこにうまくフィットさせるような選書を心がけています。

−今回の大テーマは「美しい歳の重ね方」でした。

幅 年配の女性の方を中心にお話をうかがいましたが、みなさん年齢を感じさせないといいますか、いろんなものに好奇心を持ったり、変わったものを面白がってくれたりする方々でした。歳を重ねて身体や心が変わっていくことは、ネガティブに捉えられがちです。でも逆に歳を重ねるからこそ、生きていく楽しさをより一層感じられる人も多くいらっしゃいます。
どうしても若い頃だと「美しさはこうあるべき」といったようなステレオタイプに縛られがちですが、だんだんとそうした考え方からは自由になっていけるところがあると感じましたね。

−幅さんの考える「美しい歳の重ね方」とは何でしょうか?

幅 一言で言うのはちょっと難しいですね。基本的に世の中は「自然」と「人工」の両方が組み合わさってできていますよね。近年は後者が重視されて、人間が自然世界を牛耳っていたかのようだった。でもコロナウイルスや気候変動を通して感じられたのは、「結局人間は自然にはかなわない」ということだと思うんです。
僕はそうした「自然」に抗っていない人が、男女関係なくきれいだと感じます。人間の生や死はコントロールできない。でもそれを知りつつも、その領分の中でうまく遊んでいる人がいます。たとえば、「今日は玉川高島屋S・Cにお出かけするから、このワンピースを着ていこう」とお洒落をするようなこともそうですね。姿形ではなくて、心持ちや佇まいが美しいんです。

−選書は3つの小テーマ「美味しく食べ続けるために」「身体の変化に寄り添う」「時間を慈しむ」に分かれています。「食」をテーマにしたのはなぜでしょう?

幅 食事については、特に年齢とともに価値観が変化します。体に取り入れて気持ちのいいものは何か、食べ続けるためにはどのようなケアをしたらいいのか。中には、まだまだ新しい食にトライしたいと考える方もいらっしゃると思います。
玉川高島屋S・Cのお客さまにはお酒好きの方が多くいらっしゃいましたので、ワインの本も何冊か選んでいますが、この自然派ワイン入門は入門書として凄くいい本ですよ。著者は“マスター・オブ・ワイン(ワイン業界においてもっとも名声の高い資格)”の称号をもつフランス人の女性、イザベル・レジュロンさん。かなりビジュアライズされていて、自然派ワインの初心者でもわかりやすいです。「最近『オレンジワイン』という言葉を聞くけれど、どんなワインなんだろう?」と気になっているような方にいいかもしれません。

−ワイン関連以外でも、おすすめの本はありますか。

幅 2019年に出版されたFarmlife 新・農家スタイルもとてもユニークな本でした。農家は大変だというステレオタイプがあるかもしれませんが、「生き方としては最もモダンなのでは?」という観点から、世界各国のいろんな農家さんたちを紹介しています。地球環境に負荷がないかたちで、どう自然と向き合い、寄り添っていけるか。美味しく楽しく、健やかに暮らすにはどうしたらいいか。これからの農家像というのでしょうか、そんな原初的な居心地の良さを追求した本だと思います。出てくる話題も、畜産やキノコ狩りの話から彼らが形成するコミュニティ、土や動物と直接触れ合うライフスタイルの魅力まで、かなり幅広いですよ。

−2つ目のカテゴリーは「身体の変化に寄り添う」です

幅 歳を重ねると身体の変化を感じることが多くなります。シワが増えたり、腰が痛くなったりしますよね。僕自身、ぎっくり腰になってしまって(笑)。そうした変化に対して、どういったことができるのか。ちゃんと身体について考えなきゃいけないなと思ったんです。
たとえば、稲葉俊郎さんのいのちを呼びさますもの —ひとのこころとからだ—。彼は臨床医なのですが、西洋医学だけではなく、伝統医療や代替医療の視点も取り入れています。西洋医学では解答が出ない部分に、常に疑問を投げかけながら思考している。さらには民俗学や伝統芸能といった芸術の領域も視野に入れ、「山形ビエンナーレ2020」の芸術監督も務めるような人です。
この本では、内向きの自分と外向きの自分が分断されている現代に、自分自身の内側とどう向き合っていくといいのか。人間の身体と心、その中にある「いのち」とはどういうものなのか。数値化できないようなことをどう捉えるかが、真摯に語られています。

−3つ目のカテゴリー「時間を慈しむ」では、横尾忠則さんや河原温さんなどのアート関連の本も選ばれていました。「時間」と「アート」には、どのようなつながりがあるとお考えでしょうか?

幅 「時間」というテーマには、人は歳を重ねるとともに、どのような道を歩んで来たかという来歴が表面に出てくる。時間が過ぎるとはどういうことか。そもそも時間とは何なのか。そういったことを考えたいという思いがあります。
アートは「明度や彩度がこうだから美しい」と理屈で感じるわけじゃなくて、見た瞬間に何かドーンと胸に迫ってくるものがあるじゃないですか。それは先ほどお話した「自然に抗わない」ことと、ちょっと近いような気がしているんですね。
Hiroshi Sugimoto: Black Boxは、まさに時間と向き合い続けてきたアーティスト・杉本博司さんの作品集です。上映中の映画館そのものを撮影した「劇場」シリーズ、世界中の海を同じ構図で撮り続けた「海景」シリーズ、アメリカ自然史博物館の剥製をあたかも生きているように撮影した「ジオラマ」シリーズ。こうした作品はいずれも、悠久の時間、もしくはすぐ消えてなくなってしまう一瞬を捉えているんです

−このカテゴリでは、アート関連の本以外にも「そもそも時間とは何か?」と問いかけるような、科学の分野の本もありました。

幅 時間は存在しないは、イタリアの理論物理学者のカルロ・ロヴェッリが一般向けに書いた本です。難解そうなテーマですが全然難しく書かれておらず、図解もわかりやすく、世界中でベストセラーになりました。
時間は過去から未来へ流れるわけではなく、伸び縮みをするといった話は、なんとなく聞いたことがある方もいるかもしれませんが、「そもそも物理学的には時間は存在すらしておらず、人が作ったかりそめのものである」といった仮説を、哲学や脳科学の知見も引用しながら証明しています。僕は世の中の通念を鮮やかに覆していく本が好きなんですが、これはまさにそういう本ですね。「時間を慈しむ」と言いながら、「そもそも存在しないかもしれない」と書いている本があったら面白いなと思って、選んでみました。
今回もいろいろな分野の本がありますが、最近本を読んでいなかった方でも「ちょっと気になるな」と感じた本を、手にとってもらえれば嬉しいですね。

Book Selection
幅 允孝
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。人と本の距離を縮めるため、図書館や病院など様々な場所でライブラリーの制作を手がける。近年の仕事として札幌市図書・情報館の立ち上げや海外のJAPAN HOUSEなど。2020年7月に開催した「こども本の森 中之島」ではクリエイティヴ・ディレクションを担当。
Instagram: @yoshitaka_haba
幅さんの選んだ書籍は本館GRAND PATIOでご覧いただけます。
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  • Theme.1 美味しく食べ続けるために
  • Theme.2 身体の変化に寄り添う
  • Theme.3 時間を慈しむ